私が「毎日アク育」をやめた理由

掲載日:2015年11月8日

昨今話題にのぼることが増えた、「アクティブ育児=アク育

本記事でいう「アク育」は、ママが子供と過ごす時間を使った「アク育」をいう。
「アク育」は本当に素晴らしい、子供の潜在能力を存分に発揮させる機会を十分に与えた、素敵な取り組みであると思う。ただ、何にでも言えることだが、ひとつのことにのめり込んでしまうと、他方で必ず落とし穴がある。

ゆうママの独り言コラム、今回は「アクティブ育児=アク育」への没頭と脱却です!

私は長女が1歳半頃から「アク育」を意識して育児をしてきました。
毎日、朝から夕方まで、子育て支援センターに通ったり、お友達と遊んだり、イベントを探しては連れて回ったり、お昼ごはんも持参し、そのまま公園で5時間以上も遊ばせていることがほとんどでした。そのためか、運動能力体力は他の子と比較してもかなり高い方だと思います。素敵なお友達もたくさんできましたし、お友達の中で遊ぶこともとても上手になりました。
家事をする時間を削ってでも実施してきた「アク育」ですが、ある時考えました。

食事、毎朝の掃除、洗濯、手抜きなく出来ていただろうか。
家事の手抜きが自分にとってストレスの原因になっていないだろうか。

毎朝、温かいご飯をゆっくりと食べさせられただろうか。
毎日、掃除機をかけている姿を子供に見せられただろうか。
散らかった部屋で食事をさせたり遊ばせたりしていなかっただろうか。
夫のこと子供のことを考えながら愛情を込めて、感謝の気持ちをもって食事を作れただろうか。
時間に余裕がなく子供たちの行動を急かしてはなかっただろうか。

外で元気に遊び、たくさんの発見をすることは確かに大事であり、親子ともにとても楽しい充実した時間でした。
しかし、もっと根本的な親子の絆、子供の心を育てるためには、家庭のあり方、家庭での過ごし方をもっともっと大事にしなければならないのではないかと考えました。

遠くの大きな公園に行く必要があったのだろうか。
子供にとっては家の近くをゆっくり話しながら子供のペースで散歩するだけでも大きな発見がたくさんあるだろう。

毎日外出する必要があったのだろうか。
子供にとっては家でお母さんの膝の上で絵本を読んでもらう時間も欲しかったかもしれない。お母さんとイチャイチャしながらゴロゴロするのが楽しかったかもしれない。

時間に追われた生活が子供にとって必要なのだろうか。
「急いで」「早くしないと置いていくよ」こんな言葉、親の都合で子供を動かしているだけだったのかもしれない。

「自分でやりたい」という気持ちを大事にしてあげられただろうか。
時間はかかっても、多少の失敗はしても、自分でご飯を食べ、着替え、自分で靴を履きたかったのかもしれない。

「お手伝いしたい」という気持ちを大事にしてあげられただろうか。
実はお母さんがやっている家事を一緒にやりたかったのかもしれない。家事という大事な仕事があることを、家事という素敵な仕事があることを子供に感じさせてあげられただろうか。

「アク育」にのめり込んだ代償は大きかった…っと切に思いました。

当初は子供のためにと思って始めたことでも、気付けば親の自己満足になっていたのかもしれません。

それからというもの、「毎日アク育」を脱却し、曜日を決めて「アク育」生活を楽しんでいます。

子供のペースを第一に優先できる余裕ができました。
子供が頑張っている間、静かに見守るようになりました。
子供と家事をするようになりました。
毎朝子供と掃除機をかけるようになりました。その結果子供たちの片づけが習慣付きました。
毎日子供と一緒にご飯を作るようになりました。その結果ご飯を残さないようになりました。
毎日子供目線で子供と向き合うようになりました。
子供たちが穏やかになりました。その結果私自身も穏やかになりました。

周りのママたちの「アク育」に刺激を受けて、自分もやらなくちゃと知らないうちにプレッシャーに感じていることが多い「アク育」。
もっと大事にするべきことがあるかもしれません。

やはり何事もバランスですね!!

今、隣に「アク育」を楽しんでいるママがいて、それがプレッシャーとなり何となく「アク育」を頑張っているママへ、、、

大丈夫。「アク育」は頑張ってやるものじゃない。それぞれの家庭環境に合わせた、それぞれの親子に合わせた育児の在り方があっていいものだと思うんです。

各家庭の育児の価値観が一番大事、それが子供にとって一番幸せな育児環境だと思うんです!!

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